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2017.09.07 11:35|

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平成2年。全国紙の採用試験にすべて落ち、北海道の名門紙・北海タイムスに入社した野々村巡洋。縁もゆかりもない土地、地味な仕事、同業他社の6分の1の給料に4倍の就労時間という衝撃の労働環境に打ちのめされるが…会社存続の危機に、ヤル気ゼロだった野々村が立ち上がる!休刊した実在の新聞社を舞台に、新入社員の成長を描く熱血仕事小説。


主人公の野々村に仕事を伝授した先輩・権藤は、道内でも新聞界のエキスパートとして知られているのに、長く北海タイムスを去ることができない。その心情が分からないわけでもないが・・・。腑に落ちない私が冷たいのかと思いながら読み進んでいた。その権藤にアドバイスを与える上司が現れてほっとする。

「権藤は書いても整理しても(編集)あれだけの才能だ。俺は全国紙に行くべきじゃないのかって思うんだよ。別の業界へ行くのがみんなへの筋だって?そうだろうか。新聞業界全体を考えたら大きな損失だ。新聞は誰のものだ? 権藤のものか? 違うだろう。読者のものだろう。社会のものだろう。木鐸ってなんなんだ。誰を見て仕事してんだよ。読者より自分の筋の方が大切なのか。松田だってそうさ。筋だ筋だってそんなことばっかり言って。あいつが整理に来てから社会部と運動部から何度も誘いが来てる。だけどあいつは『秋葉さんより先に俺が外に出るわけにはいきません』って全部断ってる」

「あいつら人生これから先ずっとうまくいかないだろうな。馬鹿な部下ばっかりだ。でもな、俺はああいった馬鹿な奴らが嫌いになれないんだよ」


気になって実態を検索していたらある地方紙の廃刊に思うに突き当たった。なるほどそういう事だったのか!



同著による”シャトゥーン ーヒグマの森ー”もつい読んでしまった|д゚)チラッ。

怖いの一言で、山好きな私にとってはただただ九州で熊が絶滅してもらってありがたかった。自然を守ろうなんて何ておこがましい!

増田俊成さんの『木村政彦はなぜ力動山を殺さなかったのか』で大宅壮一ノンフィクション章と新潮ドキュメント賞をダブル受賞していて興味があったのだが、これ以上の男臭さについていけそうにないので止めました。


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2017.08.13 13:26|


主人公・林ちひろは中学3年生。
出生直後から病弱だったちひろを救いたい一心で、両親は「あやしい宗教」にのめり込んでいき、その信仰は少しずつ家族を崩壊させていく


本の帯には『大切な人が信じていることを、わたしは理解できるだろうか。一緒に信じることが、できるだろうか』と問いかけてあった。

私だったら、友人や隣人があやしい宗教を信じているからと言って彼らを非難はしないが、積極的に関わろうとしないだろう。でも、信じる宗教で自分の家族が散りじりになっていくのを黙って見過ごすことはないだろう。昔からお母さんと仲が良かった叔父さんが、ちひろの両親を目を覚まさせようとあれこれ手を尽くしたように頑張ると思う。(両親は叔父さん一家と絶交する)

だから、ちひろの友人の恋人が宗教の研修旅行に同行して、みんなの前で披露した言葉は理解できない。「ぼくの好きな人が信じているものが一体なんなのか知りたくて、今日ここにきました。ぼくは、ぼくの好きな人が信じるものを、一緒に信じたいです。……それがどんなものなのかまだ全然わからないけど、ここにくればわかるっていうんなら、おれ来年もここにきます」

ちひろの姉は家を出てしまう。

ラスト、親子3人で流れ星を観るシーンが暗示しているようだった。ちひろに見える流れ星は両親には見えないのに、両親に見える流れ星はちひろには見えない。信じるものが同じで寄り添っていても難しい。両親の想いがわからないわけではないが、ちひろや姉が社会的にそれなりの制裁を受けているのに、気づかずにただ信じ切っている両親の身勝手さを感じてしまった。

宗教を扱うなら、先日観た『P.K』の切り口が私にははるかに合っていた。


2017.08.02 15:57|


明治39年春。昔は控え選手、今は小さな業界紙の編集長を務める銀平は突如、母校・一高野球部コーチにと請われた。中年にして野球熱が再燃し、周囲の嘲笑をよそに草野球ティームへ入団。そこへ降ってきた大新聞の野球害毒論運動に銀平は作家の押川らと共に憤然と立ち上がる。明治野球の熱狂と人生の喜びを軽やかに綴る痛快小説


ド真ん中の野球小説!

読み終えた後に知ったのだが、主人公の銀平のみが架空の人物で、それ以外の登場人物は大方が実在した人たちらしい。スポーツに疎かった私には、寧ろ逆で、万年補欠選手だった銀平(彼とて並みの人物ではない)の方が近しい。彼の家族で親父さん、妻、子供、妹、妹の亭主、長屋の住人たちとの日々に暮らしで交わされる会話に耳を傾けた。


中でも、主人公の銀平の幼友達で葬儀屋を営んでいる良吉の言葉がずしんと心に響きました。

「せっかく今生で巡り会った身体の力をうまく引き出して、心に添わせてやることなんだよ。俺はね、『幸せな最期』っていうのは、自分の身体をちゃんと使い切って死んだ人に言うもんだと思っているよ。金持ちとか出世とかそういう一通り一遍のことじゃなくてさ」

銀平の親父さんが銀平をたしなめた言葉

「人は求めに応じて働くのが本当だ。てめぇのように何がやりてぇかにほざいているうちは世間の立派な一員にゃあなれねぇのよ。相応の人物には必ず他所から役割が与えられる。与えられたらその役割を四の五のと言わずにまずこなせ。そこで使い物になってはじめて、己の道ってもんが開けて来るんだ」

銀平がコーチしているピッチャー川西君

「本当に才のない人間は、自分に才がない事すら気づけない。せやから正当な結果によって駄目をだされても、本人は分からないから不当な扱いを受けたと思い込む。挙句、自分はもっと評価されていいはずや、認められないのはおかしい、世の中不公平やと不平不満を募らせる。すべては自分が元凶なんだけど、自分も世間も見えとらんから始末に悪い」

若い頃に、上のような言葉を聞いたら素直に認められなかっただろう。

でも年を重ねて受けとめられるようになってきた。

「金にもならないのに、それほどの時間と人生をどうして費やするのか」の問いに

銀平や実在の押川春浪など、野球人でなくとも分かる気もするが、突っ走る勇気は私にはない・・・。



2017.07.07 14:01|

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なぜ金子みすゞは自殺したか。大正ロマンと昭和モダンの時代を生きた詩人の光と影。実弟・上山雅輔の日記に基づく、画期的伝記小説!国民的詩人・金子みすゞはいかに生きたのか。実弟・上山雅輔の目を通して描く、画期的伝記小説! 実の姉と弟でありながら、金子家と上山家で別々に育てられたみすゞと雅輔。互いを深く理解し、芸術を愛する友として過ごした青春時代、そして内に秘めたる恋心。姉はなぜ自ら死を選ぶこととなったのか――。後に脚本家となる雅輔が残した日記を読み解き、大正ロマンと昭和モダンの時代を生きた詩人の光と影に迫る、衝撃のドラマ。



1、 みすゞは童謡詩人として知られているが、私が知っていた『童謡』と本書で語られている『童謡』とは多少違った。童謡は大正中期から昭和初期に白秋、八十らがそれまでの文部省唱歌を批判して作成し運動によって普及させ、文芸的要素を多く含んでいたらしい。しかし童謡は読む文芸から唄う音楽となっていく。だから、金子みすゞさんの詩集を知り、童謡というより詩人のイメージが強く”童謡詩人”と呼ばれる所以が理解できた。


2、 雅輔が15歳の時に影響を受けた詩も印象的だったので掲載します。


只一人(後藤静香作 詩集『権威』より)


人生は

只一人行く旅ぞ。

最後の頼りは

淋しくとも自分だけである。

只一人行くべき自己と知ったとき

どうして粗末にされようぞ。

どうして充たさないでよかろうぞ。

どうして高めないでよかろうぞ。

3、みすゞの才能を最初に見つけた西條八十氏がヨーロッパ留学を機に衰退していく童謡を離れ、時代が戦争に呑み込まれる中で戦時を称えるような作風となり、終戦後は流行歌の作詞者として名高くなっていく変遷も興味深い。

4、実際は弟だった雅輔とみすゞの2人の関係性は複雑だっただろう。お互いライバルで励ましあいながら才能が開花しそうになると妬ましくもなる・・・。九州の片田舎では書籍や映画の話をできる者も少ない。

養父の松蔵は雅輔が放蕩しても不本意ながら経済的な援助を続けた。雅輔もみすゞの夫だった敬一も苦しくなると花街へ出かける日々ー、みすゞの周りの勝手な男どもに嘆きたくなる。

みすゞの世界はあまりにも狭すぎた。仙崎と下関から飛び出していたらもっと彼女の才能は羽ばたけただろうにと臍を噛む思い。みすゞが今の時代に生まれていたらとも考えたが、雅輔の妻になった容子は違う生き方。雅輔は妻・容子と娘らと共に劇団若草を立ち上げ、みすゞの遺稿集を出版し、世にみすゞの存在を知らしめている。



2017.06.24 16:23|

八月の六日間


40歳目前、文芸誌の副編集長をしている“わたし”。ひたむきに仕事をしてきたが、生来の負けず嫌いと不器用さゆえか、心を擦り減らすことも多い。一緒に住んでいた男とは、3年前に別れた。そんな人生の不調が重なったときに、わたしの心を開いてくれるもの―山歩きと出逢った。四季折々の山の美しさ、怖ろしさ。様々な人との一期一会。いくつもの偶然の巡り合いを経て、心は次第にほどけていく。だが少しずつ、けれど確実に自分を取り巻く環境が変化していくなかで、わたしは思いもよらない報せを耳にして…。生きづらい世の中を生きる全ての人に贈る“働く山女子”小説!


山の風景から醸し出される自然美や感じることの表現は言うまでもないが、きつい山登りの最中に「どうして来たんだろう」と後悔する心理描写に共感しながら読み進んだ。著者の北村薫さんはああ見えて山登りもしてるんだと疑いもせずに。ところが、彼のインタビューに『編集者に登山女子が多く、彼女らから話を聞いて書いた』とあった。へぇ~そうだったのかとたまげた。それぐらいに迫力あったし、私が山に登る雰囲気に近かったのだ。

この本には山好きと、本好きの要素が満載されていて全く私のために書いてもらったようで嬉しい。

主人公は山に行く時にリュックに2,3冊の本をしのばせる。本の紹介や彼女の周囲に居る女友達や山で知り合った人らとの会話。亡くした友人への切ない想い。

単独登山家として有名な加藤文太郎の言が懐かしかった。新田次郎の小説「孤高の人」のモデルとなった人だ。『臆病な心は先輩や案内に迷惑をかけることを恐れ、彼の利己心は足手まといの後輩を喜ばず、ついに心のおもむくがまま独りの山旅へと進んでいった』

文太郎の心中を察している件に、見つけられなかった自身の心を言い当てられた気がして再読しようと思った。

高校時代に所属していた演劇部のエピも心打たれた。高校時代に主人公が脚色したシェークスピアの「十二夜」を演劇大会に持って行き、審査員の大御所が上演された演目をすべて観ずに(居眠りしていた)評価されたことに不信感が募り、会場で指摘した主人公。それに応対した大御所の返事など興味深かった。

本が好きで山が好きなAに贈ろう!



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