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2013.01.31 16:02|
製作 1979年
監督 前田陽一

 
昔の流行歌を聞くと当時を思いおこせるように、映画もそれが流行っていた頃が蘇ってきます。この映画の時代設定は私自身も小夜子(桃井かおり)より少し若く、ルーツ探しで巡った先も九州と共通項が多く、懐かしさが溢れました。
当時、映画のポスターに気付きながら劇場に足を運ばなかったのは、突っ張っている桃井かおりに同感できなかったからです。こうやって観るとあの時代を生きる女を精一杯演じていた女優さんだったのだとも思えます。いじらしくも見えるのは私が大人になったからかもしれません。
同じように、夫と同棲していて「神田川」の歌詞にあるような石鹸をかたかたいわせて風呂屋通いをしていましたが、私と小夜子は随分違っていましたねぇ。
同棲相手・晋作(渡瀬恒彦子供と押し付けられた新一の父親探しと、小夜子のルーツを探す旅が上手く融けあっていました。突然、現れた新一を伴う旅行で、2人が成長できたということでしょう。
父親が晋作かもしれないという可能性はおいて、道中訪ね歩く父親候補の男4人もクセのある面々で、彼らとの出会いと交流がコミカルに描かれています。(2人が体の良い恐喝まがいをやっているのは目をつむることにしました)。小夜子がルーツを手繰り寄せ、母親が遊郭にいたと知り、街角に立ち男に買われようと試みたり(勿論途中で逃げる)、またそんな母親がサヨコの同棲を知り怒りにまかせ打つ回想シーンなど胸が熱くなりました。
冒頭、女優志望の小夜子に初めて与えられた台詞である「もしかしたら、私たちの考えてる事って同じなんじゃないかしら」という台詞が、効果的に使われていたと思います。 
 

置き去りし子の顔浮かび引き返す大吊り橋に靴鳴らす音

モノクロの記憶に写す天守閣同じ思いで三人(みたり)見上げる
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2013.01.25 14:22|
2008年/1時間45分
監督:中西 健二
原作:重松 清「青い鳥」
 

 
「花のあと」が好感触だったので、同中西 健二監督の作品を観たくなり「青い鳥」をレンタルしました。昨秋、連ドラのゴーイング・マイホームでの阿部寛さんの演技にこんな役もできるのかと意外性を抱いたところに、「青い鳥」でも一味違う役柄を見せてもらえました。
吃音を抱えながら教壇に立つ村内先生(阿部寛)は、いじめを苦にして自殺未遂して転校した生徒の机を教室内に戻すところから始めます。寡黙で不器用だが、たどたどしく話される言葉は決してうわっぺらではなく本質を突いてくる。彼は同僚に「教師ができることは傍にいてやれること。運が良ければ伝えることもできるかもしれない」と去って行きました。忘れさせようと躍起になる学校側に一石を投じ、臨時教員だったわずかな時間にもかかわらず、生徒たちの心に種を蒔き芽吹かせてやった。自分もいじめたのではないかと、怯え苦しんでいる園部君(演じた本郷 奏多は初々しい演技で爽やか)の心に寄り添い待ったから、伝えることができたのでしょう。「いじめを受けた人がいじめた者を忘れないように、いじめを犯した責任を決して忘れてはいけない」と、大事なことを、どもりながら語る村内先生は素敵でした。
息子たちが社会人となり、報道されるいじめ問題に昔のように怒ることもなくなっていたのですが、久しぶりに向き合える時間を持てました。それにしても、最近は教員側がやっているのだから情けない話しです。
夫が誰に対しても優しいのは、吃音の理由もあるのかもしれないとあらためて感じられる映画でした。
 

 

↑は宵乃さんが描かれたイラストです。象徴的な場面をピックアップされ、しかも白黒で画かれているのに感服しました。
 
 
2013.01.21 10:44|

 
読みもしないで独断と偏見で言わせてもらいます。
藤沢周平といえば日本人ならば手放しで好きと応えられる作家だが私は好きではない。彼が描く女性は男性にとって好都合の理想的な女ばかりなので手に取る気にもならないのだ。
しかし、以登は淡い恋心を抱いた孫四郎の仇を討とうと独りで乗り込んでいく。(勿論彼女は武家の生れで父から手ほどきを受け剣の達人)。以登の婿入りの許婚である片桐才助が、ひょうひょうとしながらも彼女の仇討ちに影で力を貸し、彼女が望むように独りで闘いに送り出したところがあっぱれだ。罠にはめられた孫四郎は気の毒で可哀想ではあるが血気にはやったのは若気の至りだけなのだろうか。対称的な片桐才助の生き方や人柄が恨めしい・・・。
原作を後から読んだが、映画の方にずっと好感を持てる。
武家に生まれても次男、三男は苦労したんだなぁ~。
 
 
2013.01.19 17:05|

 
何てすごいすごい映画なのだろう!堅い映画なのかと思いきや娯楽性も充分にあって長い時間を感じさせませんでした。村人たちのセリフが聞き取りにくくて困っていたら、途中で字幕表示のボタンに気付きました。
さすがに世界中の映画界に影響を与えただけのことはあります。ブログdeロードショーで取り上げてもらわなかったら絶対に観なかったでしょうから、感謝、感謝です。
すでに感想は語り尽くされているので、敢えて私がレビューを書くことはないのでしょうが・・・。
ラストを、勘兵衛が「今回の戦も負けたな。勝ったのは百姓たちであり自分たちではない」と言い、志乃が勝四郎のそばを通り抜け田植えに加わり田植え歌で終えたのは良かったですね。痛めつけられながらも図太い強さを併せ持つ農民たちの表裏ある描き方が秀逸でした。当時の百姓は武装していたとの説もあり、時代背景を追ってみました。豊臣秀吉が「刀狩り」を行い士農工商と身分制度をきっちりと敷いたということは、それまではお百姓の帯刀も許されていたということの裏返しでしょう。
志乃と勝四郎が出会った花畑に咲いていたのは小菊のようでした。あれだけ小菊が里山に群れ咲くだなんて見入りました。植生なのか、それとも撮影のために植え込んだのだろうか。
勘兵衛が久蔵を「己をたたき上げる、ただそれだけに凝り固まった奴」と評したセリフは、そのものずばりでぐさりと突いていましたね。
 
追加  最近、ラジオで作家・平野啓一郎さんが「分人主義」という言葉を使われていて興味を覚えました。人間は分割不可能な「個人」(in・dividual)でなく、分割可能な複数の「分人」(dividual)で構成されていると捉える考え方です。http://d.hatena.ne.jp/modmasa/20070525
その影響からでしょうか、七人の侍たちの中にそれぞれの私が投影されているようでもありました。
久蔵に惹かれたので、拙い一首を最後に・・・。
            
久蔵の早く去り逝く展開に心痛みぬ世の習いとて
2013.01.05 16:06|
原題/Serpico 制作年/1973年 監督、シドニー・ルメット。



40年も経ったのか・・・。初見はセルピコの生き方にもっと同調して悪いイメージでは残っていなかったような気がする。
今回は、自身の命やささやかな暮らしを棒にまで振って正義を求めた姿に唖然となったのも本当だ。これがフィクションだったらあり得ない設定とケチをつけて済むのかもしれないが、(実話なので)その後、スイスへ移住したセルピコがどうなったのかと思えてしかたがない。私だったらとっくに辞職して違う道を探しただろう。彼を理解してくれた数少ない上司や恋人、同僚が、危険に晒されるとあれだけ忠告したのにもかかわらず、彼が突き進んでいったのは、もう後戻りがきかなくなったからなのか・・・。心許せるのはもの言わないペットだけなのだろうか・・・。
身体が不自由になって、ペットと一緒にスイスへ向かう船に乗船する表情はとても暗かった。
生命の危険を冒してまで、賄賂を受け取らずに内部告発をして不正を正そうとする姿勢は立派だと思うのだが、命を犠牲にするほどの仕事や信条などクソ食らえだ。
ふっと頭を掠めたのは、彼はアスペルガー症候群(高機能自閉症)ぽかったのではと疑うのは見当違いだろうか。私の周囲にも少なくない彼らは対人関係を築くのが不得意で、人一倍正義感が強い。
実際、アスペルガー症候群と云われる人たちには、織田信長・坂本龍馬・アインシュタイン・ベートベン・レナオルドダヴィンチ・エジソン・ゴッホなど歴史上輝かしい成果を挙げた人らが並ぶ。現代ではビル・ゲイツもそうだった。
彼がスイスで穏やかな余生を過ごせていますようにと祈らずにいられない。
 
 
 
 
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