2015.02.27 11:06|




時は1950年台。父は戦死し母は重篤な入院患者ー、となれば子供は孤独な影が投影する繊細な少年が相場だろう。ところが本編の主人公ラルフは、今時の思春期真っ最中の少年そのものだった。カトリック学校に通ってはいるけれどどちらかといえば不信心で、性の目覚めに一直線の彼の日常。前半は彼が仕出かすエピソードが吹き出す勢いで描かれている。時に、女性の御洒落心を褒める気遣いや髪の抜けた母親にスカーフや花をプレゼントするなどの面も持ち合わせている。赤いジュースをそっと紅に見立て母親の唇を塗らすシーンは何ともいじらしい。
母が死ねば天涯孤独の身、でも能天気かつ天真爛漫さはきっと生来のものなんだろう。暴走気味?のラルフ君に圧倒されます。
ところが、母がこん睡状態に陥り「お母さんは奇跡が起きない限り目を覚まさない」と宣告される。一方、学校では罰として入部させられたクロスカントリー部でも「君がボストンマラソン大会で優勝することは奇跡に近い」と云われた。
さて、ラルフはどうしたのか?
ラルフはふたつに共通する奇跡という言葉にピンと来た!
きっと、ラルフの頭には、母が目覚める=奇跡、僕が優勝する=奇跡、ならば僕が優勝する=母が目覚めるという図式が閃いたのだろう。あっと驚かされた。一見短絡的な発想みたいだけど無鉄砲ではない。それって使えるよラルフ!
私自身『奇跡』の対語は何だろうと考えた。たぶん当たり前みたいな意味合いで『普通』とか『常識』あたりだろう。
誰もが考える常識的なトレーニングをしたって優勝なんて叶わない。それをはるかに超えるトレーニングを積み重ねれば可能だとラルフは疑わずに信じるのだ。彼の強みはやり始めたらとことんやっちまうところ。
凡人はマネしちゃいけないよ。ラルフだからこそできるのだ。だってラルフはかなりぶっ飛んだ奴だと前半で証明ずみだから。
となるとコーチが必要だ。クラブの顧問・ビバート牧師は元マラソンランナーで有望な選手だったらしい。膝の負傷だけでなく走ることを禁じる宗派のために、彼は走るのを断念していた(ヒェーッ、そんな縛りもあるんだね)
ボストンマラソンに参加を認めない校長とやりあうビバート牧師のセリフはかっこいい!
 「実はラルフに会うまでは何も信じていませんでした。でも今はこう思えます。
 この世を去る時、神がお尋ねになる『危険を冒したことは?』『光が見えずとも跳んだことは?』『目を閉じて運を天に任せたことは?』
今の答えは、いいえ ありません。だから目を閉じます」
ラルフが2位でゴールする設定に巧妙さを感じた。母親もこん睡状態から目覚めたかもしれない、あともう一息という映像で収めてあった。2位の結末は、観客に色んな思いを想起させたにちがいない。私には、奇跡はそうそう起きないが、がんばり次第で近いところへ行けるという希みを持たせてくれた。奇跡はあきらめないこと。ラルフは果敢に示してくれたと思う。ラルフが自分の人生を自らの足で歩もうとしている限り大丈夫。
各章ごとに設けてある聖歴?が機知に富んだ演出でした。
看護師のアリス(ジェニファー・ティリー)もユニークな存在。











2015.02.25 14:42|

今更ながら子供を産むということがこんなにも大事にされるのか・・・と思わされます。結婚は子供を生んで遺伝子を繋ぐことだけではないはず。
 登場人物は女性四人。
ミツエ。家族からあまりあてにされていない主婦。おせっかいさが独特。
その娘、奈都子。結婚しているが子供なしで不妊治療中で怒りを持って生きている。ミツエの甥(奈都子のいとこ)が、不倫の末に相手を妊娠させてしまう。別れた妻が佐智子。新しい妻は里美。里美がいうには、自分はこれまでなんでも努力してきたのだそうで、結婚もその成果だとか。努力で略奪婚を成功させた里美にはひるむ様子はない。彼女は新築のマンションや豪勢な結婚式を望む。佐智子は最初同情されていたのに、お腹に子供がいると分かった時点で手のひらを返したように里美とのことが簡単に認められてしまうのです!
結末に4人はそろって出会ってしまいますが不思議な連帯感が感じられました。それぞれが痛みを共有できたようなラストが好ましい。
ワケあり物件に住む女性を描いた『東京ロンダリング』より、落ちるけれど嫌みを感じません。
第31回 すばる文学賞受賞作

  

2015.02.11 16:58|


右大臣だった菅原道真が大宰府へ左遷された。悲憤慷慨する彼にお相手役の保積もお手上げ。そこへ美貌の歌人恬子が現れ、博多津の唐物商へ誘う。道真は、書画骨董の目利きの才を発揮し、生気を取り戻す。その頃、朝廷に出す書類に不正が発覚し、府庁は窮地に。事態を知った道真は、自ら奇策を…。朝廷を欺き、意趣返しなるか!日本史上最も有名な左遷された男の活躍をユーモアのなかに描く歴史小説。

息抜きに選んだ本だけど結構こんな本に援けられていると思います。
映画も同じように、裏を暴いて斜に構えた作品も嫌いではないけれど、そんなのばっかしじゃ辛くなるし楽しくない。きれいごとだけじゃ生きていけないし、ダークな部分が真実であることも多いのは確か。でもそれだけじゃ息苦しい!

2015.02.04 16:15|


1952年アイルランド、未婚の母フィロミナは強引に修道院に入れられた上に、息子の行方を追わないことを誓約させられてしまう。その後、息子をアメリカに養子に出されてしまった。それから50年、イギリスで娘と暮らしながら常に手離した息子のことを案じ、ひそかにその消息を捜していたフィロミナ(ジュディ・デンチ)は、娘の知り合いのジャーナリスト、マーティン(スティーヴ・クーガン)と共にアメリカに旅出つが……。

お涙頂戴を連想させるような「あなたを抱きしめる日まで」という邦題に騙されなくて良かった。(原題はPHILOMENA(フィロミナ)となっている)。長年捜し続ける息子との対面をテーマにしたのではなく、裏に修道所が鍵を握り宗教とは何ぞやと問いかけている映画でもあると思われた。

実話と銘打ってあるが、(最近やたらと観客を引き寄せる常套文句に使われているような)養子縁組でもらわれていった実の息子が立派に成長してホワイトハウスの要職に就いているとは、どこまでが事実だろうか。早い時点で、若くしてエイズで亡くなっていたことが判明する。それでも取材を続けていく内に、彼が生前に出生したアイルランド修道所を訪ねて母親を探していたことが分かる。修道所は、息子にも母親同様、「書類が消失して捜す手立てがない」とにべなく追い払っていた。
実はこの修道所、未婚で妊娠した娘から生まれた子供を斡旋していたのだ!身寄りのない子を世話する話は知っていたが・・・。

どうしても腑に落ちなかったのは
ジュディ扮するフィロミナが、取材で同行している息子に近い年齢のマーティンに、「でもそのひと時は素晴らしく夢のような時間だった」とうっとりと話すのだ。2度ほど似たようなセリフにぶつかったが、私にはとても理解できない境地だ。行きずりのセックスの果てに妊娠し、親に修道所に入れられ私生児を産むこととなりしまいには引き裂かれてしまっているのに。そして修道所長たるシスターから、出産の最中で陣痛に苦しんでいるフィロミナは「セックスの快楽を味わった罰だ」と罵倒に近い言葉を浴びせられる。
ラストで再び修道所を訪ねたフィロミナに、すっかり年老いてしまったシスターが自分はセックスを知ることがなかったと本音を漏らしてしまう。それは未婚で子供を産んだ娘たちに嫉妬を抱いていたということだろう・・・。
カトリックは厳密に避妊を禁じているし離婚も認めていない。
お国がらから来るセックス感の違い?。最近ニュースや新聞でもセックスレスが増えてきたと取り上げられるほどのわが国。”草食系男子”ももてはやす日本人だから。

死期が近づいた息子は恋人にアイルランドに眠らせてと切望し修道所の一角に墓を建てた。フィロミナはやっと探し当てた墓前で「私が探すのを信じていたのね」とつぶやくのだが・・・。私が息子の立場だったら恋人の居るアメリカに眠るかもしれない。母親の立場だったら、息子がアイルランドに骨をうずめていたら、息子の生涯は良きものでなかったのかと疑い、自分の若き日の過ちを悔いてしまうかも。

マーティンはシスターが漏らした本音に憤ったのに、フィロミナは「私は許す」と言った。女性の生き方に描かれる対立構図パターンー、結婚する女しない女、子供が授かった女産まない女、仕事を持ってる持ってない女。フィロミナはシスターの胸の裡を分かったのだろう。原作を読んだら丁寧に書かれているはず。
フィロミナは自分の人生を否定せずに大らかに生きる女性だった!
フィロミナとマーティンのやり取りが実の親子のようで微笑ましい。
考えさせられる良い作品だと思います。
01 | 2015/02 | 03
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
プロフィール

しずく

Author:しずく
「いらっしゃいませ」
映画や本などの感想を気ままに書いています。
コメント歓迎いたします

最新記事

検索フォーム

カテゴリ

最新コメント

月別アーカイブ

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる