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2016.01.31 15:36|映画

イタリア
1945年製作
監督:ロベルト・ロッセリーニ
出演:マルチェロ・パリエーロ
   アンナ・マニャーニ
1946年カンヌ国際映画祭グランプリ(パルムドール)受賞作品


いかなる理由があれ、戦争は絶対にやってはならないと肝に銘じられる作品でした。
後半部に入りいっそう気が滅入る暗欝な展開が待っていました。(時折り神父の茶目っ気さに笑ってしまうシーンがあり救われてたんですが)それだけにラストの神父が処刑されるシーンに愕然となりました。肩を落とし絶望してその場を去って行く少年たちに、ロッセリーニ監督は殺された指導者や神父の魂が受け継がれ、次世代のレジスタンスが現われると暗示したのでしょうが、言葉を失わずにはいられません。
描かれれたのは1943年、ムッソリーニ失脚後、ナチス・ドイツ占領下にあったローマ。第2次世界大戦・枢軸国(ドイツ、イタリア、日本)の中で、先に連合軍に追い込まれ休戦下にあったファシスト・イタリアでは、対独レジスタンスによる地下活動が熾烈でした。普通の市民による日常的なレジスタンス、残酷非情なゲシュタポ(秘密警察)の執拗な家宅捜査や連行、残忍非道な拷問、子供たちまで戦線に係らずにはいられない状況は観ていて耐えられません。
ゲシュタポでのマンフレディの拷問シーンで、いかに戦争が不毛な戦いであるかを両者から語らせていたのは秀逸。ベルクマンは、一気にマンフレディに口を割らせようと、部下に激しい拷問を命じ、マンフレディが口を割るだろうと自信たっぷりです。彼のセリフに「もしマンフレディが喋らなかったらイタリア人もドイツ人と対等という事になる。そして種族としての優劣に差、人間としての能力の差がないという事になる。そうなればこの戦争の意味も失われる」があります。
ところが、彼の予想を裏切るかのようにマンフレディは一切吐かずに死にます!もう一人囚われた脱走兵も拷問に耐えられず仲間を裏切るのを怖れ自決しています。
ネオリアリズムの原点とも云える作品だと思います。
今まで見逃してきた素晴らしい名作を3作観る機会を与えてもらえて本当に良かった!

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2016.01.30 18:10|映画
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もうひとつ立ち上げているブログの過去記事で、何故かこの映画へのアクセスが多いので、こちらに転載しました(2010・8・3記)。

1936年夏、モスクワ郊外の別荘地で家族と休暇を過ごすロシア革命の英雄コトフ大佐のもとに、ドミトリという男が訪れる。彼は10年間消息を絶っていた、大佐の妻マルーシャのかつての恋人だった。再会し、過去を悔やむ二人。そんな中、ドミトリがコトフの娘ナージャに話した『おとぎ話』は、コトフによって巧妙に引き裂かれたドミトリとマルーシャの悲恋物語だった。真実を知ったマルーシャは夫を責めるが、彼女の愛を失いたくないコトフは心から謝り、次第に彼女の心は安らいでいく。だがドミトリの目的はそれだけでなく、秘密諜報員として大佐の粛正のためだった……。スターリン大粛正の下、運命に引き裂かれた男女の悲劇がロシアの広大な草原を舞台に、透明感あふれる映像で描かれている。〈映画あらすじ)
1994年
製作国 ロシア=仏
原題 OUTONLIONNYE SOLNTSEM 〈フランス語では”嘘の太陽”の意で映画のタイトルを作った)




N・ミハルコフ監督の別な作品、(黒い瞳〉は観た記憶もあるのですが定かではありません。観終った後釈然としないものが残りました。舞台は、1936年夏、スターリン粛清が荒れ狂っているソ連。けれども、美しい小麦畑が広がり太陽の光、川辺で泳ぐシーンや水の輝きなど”芸術村”で暮らす特権階級の暮らしー。粛清の嵐が吹き荒れているのに、彼らの生活はあまりにも優雅な日々でした。
革命英雄が連行される理由を何一つ映画では説明されていませんでした。
ミハルコフ監督は「不幸な時代を裁くのではなく、その悲劇を流血の時にあってなお、生きていかねばならなかった人間の痛みをえがきたかったのです。彼らの権力は暴力と流血とによって得たものだからです。これは革命という名の“偽りの太陽”に灼かれた犠牲者たちに捧げた作品です」と語っています(太陽とはスターリンを指している)。
描かれ方が中途半端だったような感が拭えませんでした。ドミトリとマルーシャの悲恋物語の結末が気になりすぎ、生きていかねばならなかった人間の痛みが薄れてしまったのでは?
ナージャを演じる子役(N・ミハルコフ監督の実の娘)が好演しているのにもかかわらず、無垢な子供らしさの切なさは今一つ胸に迫ってきませんでした。
たぶん、舞台に特権階級の人々が暮らす別荘地を選んだからかもしれません。もっと大衆の視点で撮られていたら私の感想も違っていたのかもしれません。(ロシア革命に関する私自身の勉強不足もあり?)
最後、テロップに『陸軍大佐コトフ、1936年8月12日銃殺。1956年11月27日名誉回復。マリア・コトヴァ、禁固10年。1940年収容所で死亡。1956年11月27日名誉回復。ナージヤ・コトヴァ、母親とともに、1936年6月12日逮捕。1956年11月27日名誉回復。現在カザフスタン在住。音楽学校勤務』とスクーリーンに文字が浮かび上がると引き戻され、実話である重みがのし掛かりました。
良くある構成なのですが、ドミトリが自殺するシーンが冒頭にあったのも分かりにくくしていたような・・・。勿体ない気がします。 きっとコトフが銃殺されるまでとドミトリが自殺するまでを描いた「太陽に灼かれて2」を観て完結する映画なのでしょう!
ロシアをここまで描いた監督は勇気があり、愛国心に溢れた人だろうと尊敬せざるえません。


2016.01.24 16:16|映画
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(ワイヤープランツ)
地方都市のレンタルショップにネオリズム作品として置いてあった後の2作は「白い酋長」と「終着駅」。前者はネオリアリズムとはかけ離れていると思ったのでレビューはやめました。後者は、雪の影響による交通ストップを危惧して観ずに早めに返却。(ポールさんのブログで不倫物と知り気持ちがしぼんでしまった・・・)。観たい作品が店に無く消化不良となるはずでしたが、何と図書館に閉架DVDとして「無防備都市」があり期待しています。
『ネオリアリズム映画の目的は、第2次世界大戦下および直後の現実とその社会的問題を忠実に記録的に表現する点にあった。ロケ本位、非職業俳優の起用などの記録映画的手法は特徴的』
となると、入手できる作品では「無防備都市」が一番近いかもしれません。

インサイド・ヘッドは新聞の映画評で好評だったからかなり期待して観ましたが・・・。
子供向けには難解、かといって大人向けにしてはくだけ過ぎといった感想で、最後までのれませんでした。
ヨロコビとカナシミの関連性
何となく分かるけど煙に巻かれたみたいで釈然としない。説明不足。ヨロコビが軽っぽく共感できずに最後まで消化不良に終わりました。
GONE・GIRL
予想通り私には全く向かない作品でしたヽ(`ω´*)ノ彡☆。

浪華古本屋騒動記
これが織田作之助賞受賞作品だなんて信じられない!?読解力が減退してきたのかと心配になり、あれこれ検索した結果、似たような感想が結構多かったのでひと安心(ノ∇≦*)。
2016.01.17 14:31|映画
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1948年公開のイタリア映画

イタリア・ネオレアリズム作品・第2弾として、名前だけは聞いたことがある『自転車泥棒』を選びました。観る前までは旧ーいお涙頂戴ものと勘違いしていたのでかなり不安。ところが観始めてぐいぐい引っ張られていき、「面白い!」で終わっていました。
ラストスパートのように、息子が気になる父親の揺れ動く気持ち、そして明日から家族を養うためにした決断が描き出されていきます。きれいごとですまさなかったラストにネオレアリズムを強く感じずにはいられませんでした。
盗まれた自転車を取り戻そうとアントニオとブルーノ親子は手を尽くします。犯人とおぼしき男を探せても取り返せない、馬鹿にしていた占いまでやるほど追い込まれた父親。ブルーノは父親との自転車探しで長い人生の甘辛、厳しさを思い知ったでしょうね。一緒に探して理不尽さも味わったのですから、一方的に父を蔑むことはないだろうと信じます。
戦後の失業した社会、街並み、人々の様子がドキュメンタリータッチでリアルに迫っていると感じたのは、素人を起用してあったのですね。『父親役のランベルト・マジョラーニは失業した電気工、子役のエンツォ・スタヨーラは監督が街で見つけ出した子供である』と、映画を観終わって知り納得がいきます。
2年間職に職に就けなかった父親に仕事が見つかり、シーツを売り払って質屋に入れて置いた自転車をとりもどし、子供のブルーノもともに一家で喜ぶ冒頭シーンは、現在失われている『家族』を思い起こさせるようで好きなシーンでした。
盗まれた自転車一台で、戦争の悲惨さ、社会の不条理を悲喜交々に語ってくれるストーリーはさすがでした。
味わい深いネオレアリズム作品に堪能しています。後3作品の返却日が間近~、先を急がなくっちゃ!


2016.01.14 15:00|映画
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原題 La Strada
製作年 1954年
製作国 イタリア

今回のお題に相当する作品を5本借りてきました。熱心さからではなく途中で投げ出しそうな予感もし、保険をたくさんかけた結果です(笑)。『ネオリアリズム』の言葉を初めて知り、これをきっかけに見逃してきた名作なるものを観ておこうと殊勝な心がけもありますよ!
自分がどうして本好きで映画好きなのかが分からない家庭環境で育ちました。たぶん、両親が共働きでほとんど独りの時間が多く(妹とは7歳違いで一人っ子同然)勝手きままに過ごす時間を読書に費やしていたのでしょう。知らない間に字を覚えていたと母があきれていましたから。今のようなビデオショップなぞあるはずもなく映画館もない片田舎です。
今は昔ー、呑んべえで文化の香りもほど遠い父に1度だけ「映画とか観たことある?」と訊ねたことがありました。父は首を傾げた後「道」と応え「あの哀愁のある音楽が耳に残って離れなかった」と付け加えました。
それからずっと「道」はあの無粋な父の記憶にも残る映画として刻まれています。
そういう分けでまず迷うことなく「道」を選びました。




観終わり、淀川さんの解説を聞くまでジェルソミーナが白痴とは思いもしませんでした。現在の精神医学ではそんな決めつけは許されないぐらいに彼女は正常範囲の女性だったのでは・・・。
最後まで観れたのはジェルソミーナがザンパノの元に人身売買のように姉・ローザの後釜としていくのに、悲しみで見送る家族とは裏腹に、旅芸人の暮らしを人生の再出発としようという明るい表情で映画を始めてくれたから。冒頭シーンだけでなく、ジェルソミーナの表情は次々に変化します。もしかすると、この辺りがジェルソミーナのおかしいところと云われている所以なのだろうか。私も感情が移ろい易いタイプなので個性としてとらえて観ていました。
全編を通してあれ、あれっと?感じた部分が多かったので、原作があるのだろうかと疑問に思いネットで調べた結果、原作は監督のフェリー二自身によるもので「世界シナリオ選集 1957」にしかなかった。
陽気な綱渡り芸人キ印のイル・マットーは最後まで難解な人物として残りました。「どんな物でも何かの役に立ってる。たとえば、この石だって。どれでもいい。何かの役に立ってるんだ」というセリフは最高にカッコいい。でも彼は一方で「ザンバノだって君を好いている」と焚き付けていて、ジェルソミーナがザンバノと暮らす道を選ぶ決定的な言葉となってしまっています。ジェルソミーナにはサーカスの人たちと巡業に回る選択肢もあったはず。(勿論、ザンバノだったら追いかけて来て迷惑になると考えたのか。家族には稼いで仕送りすることも可能だった)。
綱渡り芸人の名言、このセリフはいったい何のための忠言だったのか。キ印は「ザンパノを見るとちょっかいを出したくなる」と言ってる位だからザンバノを嫌っていたわけじゃないだろう。むしろ友情めいた感情を持っていて、ジェルソミーナが彼を真っ当な男にさせてくれるかもしれないという期待もあったのだろうか。
現在の社会問題となっているDV男との共依存関係を思ったりもしました。
ザンバノから誤って殺されてしまうのは皮肉なことだ。辛抱強く連れ添っていたジェルソミーナの神経がぷっつんと切れてしまうのも無理はない。可哀想でした。
その前にザンバノは一夜の宿を提供して貰った修道院でも金目のキリスト像を盗もうとします。ジェルソミーナは愛想を尽かし修道院に留まり彼から逃げ出すチャンスもあったのに・・・。
「どんな物でも何かの役に立ってる。たとえば、この石だって。どれでもいい。何かの役に立ってるんだ」
真実をとらえ、実に人の心をとらえる素敵な言葉です。実際、本作を観た人々が称賛しています。でも、1歩間違えば人心を惑わす危険な言葉とも・・・。彼女はこの言葉に縛り付けられてしまっていたとしか思えない。確かにそうだが、彼女が役だとうとする対象が間違いだったと思いませんか。
本作はフェリーニの作品の中では最後のネオリアリズム映画といわれるらしいが、そう考えると、ザンバノはファシズムやナチズムだったのではないだろうかと思えて来た。キ印は流麗な心地よい言葉で国民(ジェルソミーナ)を扇動した奴。だからジェルソミーナは白痴よばわりされたのかもしれない・・・。
トランぺットで奏でられる哀愁を帯びた曲は虐殺されたユダヤの人たちへの鎮魂歌。
突飛な感想だろうか・・・。

「道」を鑑賞できたことに深く感謝します!






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