孤鷹の天 

2015.09.08 15:55|



「若冲」が図書館で大勢待ちだったので本作を先に読んだのですが、全633ページに淫しました。
藤原清河の娘・広子の召使いである高向斐麻呂(たかむくのいまろ)。彼は広子の願いをかなえようと大学寮に学びます。大学寮でユニークな先輩、上信(うわしな)と雄依(おより)や同室となる算学狂いの光庭との出会い、更に大学寮に忍び込んで学問をしたいという奴婢・赤土をまじえて秘密裏に行う勉学。一見斐麻呂が主人公と思えますが、影の主人公は赤土。そして大学寮で教えている直講・嶋村。前半のストーリーは奈良時代(天平)の青春を謳歌する学園もので始まります。
ところが大学潜入が発覚し、袋だたきになる赤土を正面きってかばえなかった斐麻呂達の悔恨と別離が襲います。赤土が握りしめた木簡(ノート)には,、習ったばかりの徳、孤ならず(徳のある人はひとりぼっちではない)。必ず隣あり』と書かれていた引用が切なくのしかかりました。
中盤から後半は政権を争う争乱へ突入、淡路島に於いては凄絶な合戦の模様が息を呑む勢いで描かれていました。共に学んだ彼らは袂を分かち、義とはなんなのかと問いかけ、その時代の流れの中で彼らはどう生きるかと激しくぶつかり合いながら自分の道を模索していきます。この時代は阿倍上皇と道鏡の仏教派と恵美押勝と(傀儡の)太炊帝淳仁天皇の儒教派対立が激しい頃でした。日本史では藤原仲麻呂の乱のみ
。読み始めは混乱して、ベースとなる天平時代の政治情勢の知識をにわか学習する始末。
礒部王は「与(とも)に学ぶべきも、いまだ与に道を適(ゆ)くべからず。与に道を適くべきも、いまだ与に立つべからず。与に立つべきも、いまだ与に権(はか)るべからず」 と広子を諭します。(人とともに歩んでも、その人と『人としての道』を同行できるわけではない。また仮にその人と道を同じくできたとしても、同じ信念で世に出られるわけではない。更にまた、その人と信念であったとしても、全ての事象に同じ判断ができるわけではない)。
魅力あふれる登場人物の中、教師として一徹な直講・嶋村の生き様に深く感銘し、教え子を慈しみ尊ぶ心映えに胸が熱くなりました。
「教え子をむざむざ死ねせるのが、決して徳ではあるまい」と斐麻呂と上信の居場所を言えと迫られ、嶋村は「確かに徳とは申せませぬ。ですが義と信じる道をあえて妨げるは、不仁でございます」(人を思いやり慈しむ気持ちを指す仁は諸徳の筆頭である。仁なくして、忠や義といった他の徳目はありえない。人はすべて仁者でなければならない)。己の危険を顧みずに「不仁は不忠であるが不忠は不仁ではない」と追っ払う。何とも廉潔な精神を持った方だろう!
雄依をそそのかし儒教側に引き入れ、それが叶わぬとなれば仏教側に寝返った高岡比良麻呂と思っていたら、彼にも言い分が与えてありました。「この国を必ずや、よい国にするのだと。だから今は太志を裏切るのだと、ちゃんと言葉に出して言うべきでございました。ひょっとしたらそれがしには、あ奴らのひたむきさがあまりに眩しかったのかもしれませぬ。自らが裏切り者となり、女帝の元に走っても、あ奴らには天に背かぬ若人でいてほしかったのやも。公は定(とど)まれ、予は往かんのみ、と。そう申すべきでございました」。今となっては遅いよ比良麻呂と腹立つものの、雄依が裏切った比良麻呂を討つシーンは両方の想いが溢れ涙なくしては読めませんでした。
疑問が一つ。最後のページに「赤土はいま一羽の鷹の如く己の生きるべき新たな大地へと降り立ったのだ」とあります。小説のタイトルとなる”孤鷹の天”。孤鷹は孤独なる鷹。”天”は辞書によると単なる天空のみではなく、自然に定まった運命的な物。生まれつきの意味もありました。
赤土はやはり孤鷹の天なのか・・・。
ラスト、戦場で生き延びた赤土は、死体検分に来た国軍に「殺すなら殺せ」と云いますが、彼の額烙印に気づいた兵士は「奴婢を殺す刀は持っていない」と殺されなかったのです。赤土はそれを聞き激しく慟哭します。「殺せ、いっそ俺を殺せ!」とのたうち天に向かって叫ぶ声は一晩中淡路の海に聴こえていたと・・・。
唐で彼らしき姿が見られたという手紙が斐麻呂に届きます。

時代物の女性像は男性作家に控えめで芯が強いと定番で書かれがち。しかし、本作では、出番が少なく斐麻呂の女主人となる広子、赤土の妹・益女も、男たちの面目躍如に劣らず、知的で勇気りんりの女性に描かれていました。

泣くな道真-大宰府の詩」でファンになった1977年生まれの澤田瞳子さん、これからいっそう御活躍されることでしょう。






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