コーチ・カーター

2012.05.24 12:16|
カーターは、もはやバスケを教えるためだけに雇われたコーチではなかった。自分のリスクを侵してまでも、彼らに未来を与え、学校や地域の無理解と闘った指導者だったと思う。狭量な保護者や高校の教師以上に、息子同様リッチモンドの彼らを愛していたのだろう。決して多くはないが、必ずどこかに傑出した指導者が現われるものだ。そして、めぐり合わせで彼らの指導を受けることができた子供たちは何てラッキーなことだろうか。カーターは、ラストで「もう私は君たちに教えられない。君らは4ヵ月で子供ではなく大人になったから」と語りかけたが、あなたの高潔な人柄が彼らを高みまで導いたのだ。

観始めは、アメリカの弱小高校バスケットボールチームに、かつての名選手がコーチとして赴任し、厳しい指導の元に強くなっていくという、ありがちな話しかなと思って観ていた。ところが、カーターはバスケで強くなるだけではだめだと、バスケと関係のない学業での成績向上と規律ある生活態度を守らせる契約を結ばせる。
カーターは、ニガーという言葉も容赦しない。「アフリカ系アメリカンの君たちが使うから、白人がその言葉でお前たちを蔑むのだ」と、ニガーを禁止させる。こういった差別用語に関する敏感な指導にも心打たれた。
文武両道を説き始めるあたりから、「スポ根」とは少し毛色が違う作品に感じられ始めた。息子のダミアンが反対を押し切って、父の率いるバスケ部で指導を受けるために転校するという件は、実話に基づいた映画なのでなお更驚かされた。息子は父親から信念を貫く気概を譲られている。
日本に住む私たちは、保護者や学校の考え方はまったく理解できないが、アメリカで12番目に最悪な都市と言われるほど治安が悪いリッチモンドが舞台となれば、紛れもない現実なのだろう。バックに流れるヒップホップの音楽はやたらとうるさく、ヤクを売っている子供たちの姿など目を背けたくなる。黒人の貧困層が多く住み、ほとんどは低学歴で就職することもできず犯罪に走るケースとい劣悪な環境の中で、プロバスケット選手になれることは凄い事なのだ。
ティモが唱えた印象的な詩は、ネルソン・マンデラ氏が大統領就任演説で引用したマリアン・ウィリアムソンの詩だった。
全文を紹介したい。
 
私たちの最も深刻な恐れは自分の力が足りないということではない。
私たちの最も深刻な恐れは 自分に力がありすぎるということだ。
私たちが一番おびえているのは 自分の光であって闇ではない。
私達は自問する。
この自分に輝かしく、華麗で、有能ですばらしい人間である資格などあるのだろうか、と。
だが実際にはそういう人間であって当然ではないか。
あなたはこの宇宙が生んだ子供だ。
卑小な人間を演じていても世の中の役に立たない。
周りに不安を抱かせないように縮こまって生きていたら誰にも光を与えられない。
私たちは宇宙の栄光を明らかにするために生まれる。
そしてその栄光は私たちの中にある。
一部の人の中にあるのではなく、全ての人の中にある。
そして私たちが自分を光り輝かせるとき
私達は知らず知らずのうちに、ほかの人にも同じことを許している。
そして私たちが自分自身の恐れから解放されるとき
私たちの存在はおのずと他の人をも解放する
 
州大会で惜しくも負けて敗退した幕切れは良かった。練習をしなかったのだから負けは当然で、勝利者として大学に進学しプロになれても続く道の危ういことは、彼らの前を行った先輩らが見せている。両方とも得られることはまずあり得ない。優勝はできなかったが、練習を中止して遅れた学業を取り戻し成績をあげた事で奨学金をもらえ大学進学を果たせたのだ。彼らは自分たちが光り輝やく道を歩いている。
これほど大きな栄光があるだろうか!

ブログでロードショーのおかげで知ることができた作品でした。
今回も参加して良かったよ
 
 
 

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