「笑い三年泣き三月」を読了

2012.02.14 16:25|
今年が始まって丸ふた月も経たないけれど、ベスト5に入る本に出会ってしまった。歯切れの良いラストに酔いしれてなかなか次の本に移れなくなってしまっている。
 

戦後のどさくさに紛れ、浅草に建つストリップ小屋、「ミリオン座」。そこに働くストリッパー、ふう子のぼろアパートに3人の男が転がり込む。
田舎から出てきた中年の万歳芸人の岡部善造、東京大空襲で家族を失った活字好きの戦災孤児の田川武雄、復員兵の元映画青年鹿内光秀の3人。
 善造は、進出して来た風刺や時事をネタにした新しい笑いについていけず、ほっこりとなれる日常を切り取った笑いを信じて、自分の笑いに磨きをかけている。親代わりとなって武雄の成長を見守る善意のかたまりのような人柄だ。
ふう子は自分を元財閥のお嬢さんだったと偽っているのだが、武雄は嘘をついているのはおかしいと善造に詰め寄る件があった。(実は武雄も空襲で死んだ父を名誉の戦死と偽っている)。
その時も、善造は「嘘というのは、その人が『そうなりたいなぁ~、そうなれたらいいなぁ』という願いと同じなの、だから事実ではないかもしれんけど、本当じゃないとはいえんとよ。その人がそう思ってるゆうことは嘘じゃあないけん」と諭す。そうなんだぁとはっと気づかされてしまった。本当に温かい人だ。
武雄は「だったらどうしてみんな『嘘はいけない』って言うんでしょうか」と畳み掛ける。善造は「それはね、嘘をついてる人を指差して『それは嘘だ』『お前は嘘つきだ』と角出して怒る人がおるからよ。相手の気持ちを慮らんと、『嘘はダメ』『本当ならいい』ってなんでんかんでも杓子定規に白黒つける人を見るのは、おじさんも好かん。みすぼらしいことよ」と言い返す。杓子定規に白黒つける人はみすぼらしいと言い放つ視点が善造らしい。お人よしそうだが彼なりの素晴らしい哲学が一本通っている。
「それは嘘はいけない、っていうのとは違う話ですよ」と武雄はなおも食い下がるのだが、善造は「いや、同じよ。人として一番つまらんことだもん」と応えた。そしておじさんは嘘をついたことはないのかと訊かれると、「おじさんは、なかよぉー。だっておじさんは現実のおじさんに満足しとるもん」と笑うのだ。そうか、自分に満足していたら嘘をつく必要はないのだ。いつもいつも自己否定している自分が情けなくなるが、善造に励まされているような気もしてきた。
善造がついにスカウトされてオーディションを受ける時などどきどきしながら読んだ。
ふう子はふう子で、ストリップを芸術に昇華させようとしている。決して男に媚びたダンサーではなく、小屋の支配人や光秀からお客に受けるような踊りを命ぜられても自分を譲らない。「ター坊(武雄)、私は何の取り柄もないけれど、戦争が終ったときふと思ったの。私には『生き抜く』っていう才能があるのじゃないかと・・。誰よりも優雅にエレガントに生き抜くことをやりとげようて誓ったの」。エレガントとは何が起こっても何を言われてもビクともしないで、いいときも悪いときも優しくにこやかにいるという意味だそうだ。そうなのか、エレガントは弱弱しいイメージがあるけれど、強さなのだと気づかされた。
光秀も戦地に行き、屈折しているが悪い男ではない。似かよっているから私もそう彼を非難する事はできない。
武雄が個性豊かな大人の中で成長していく物語でもある。彼がファインダーを覗いた時の高揚感や、フィルムを入れて初めてシャッターを切り撮った写真が思い描いていた別な物も写していたと気づく瞬間など瑞々しく描かれていた。
そして何よりも素晴らしいラスト!彼らはこの寄せ集めの家族で終わるのではなく、またそれぞれの世界に独り立ちしていくのが清々しかった。
お別れする時に、善造が卵かけご飯を皆にご馳走するシーンがある。祖母の家に預けられていた幼い頃、週に一日だけ孫の私は特別に卵かけご飯を振舞ってもらった。白いご飯に黄身がとろけて醤油と混ざったご飯は、あの頃でも本当にご馳走だったのだ。今では1パック100円を切る時代だから、子供は卵かけご飯を喜ばない・・・。
 

 

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