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太陽に灼かれて

2016.01.30 18:10|映画
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もうひとつ立ち上げているブログの過去記事で、何故かこの映画へのアクセスが多いので、こちらに転載しました(2010・8・3記)。

1936年夏、モスクワ郊外の別荘地で家族と休暇を過ごすロシア革命の英雄コトフ大佐のもとに、ドミトリという男が訪れる。彼は10年間消息を絶っていた、大佐の妻マルーシャのかつての恋人だった。再会し、過去を悔やむ二人。そんな中、ドミトリがコトフの娘ナージャに話した『おとぎ話』は、コトフによって巧妙に引き裂かれたドミトリとマルーシャの悲恋物語だった。真実を知ったマルーシャは夫を責めるが、彼女の愛を失いたくないコトフは心から謝り、次第に彼女の心は安らいでいく。だがドミトリの目的はそれだけでなく、秘密諜報員として大佐の粛正のためだった……。スターリン大粛正の下、運命に引き裂かれた男女の悲劇がロシアの広大な草原を舞台に、透明感あふれる映像で描かれている。〈映画あらすじ)
1994年
製作国 ロシア=仏
原題 OUTONLIONNYE SOLNTSEM 〈フランス語では”嘘の太陽”の意で映画のタイトルを作った)




N・ミハルコフ監督の別な作品、(黒い瞳〉は観た記憶もあるのですが定かではありません。観終った後釈然としないものが残りました。舞台は、1936年夏、スターリン粛清が荒れ狂っているソ連。けれども、美しい小麦畑が広がり太陽の光、川辺で泳ぐシーンや水の輝きなど”芸術村”で暮らす特権階級の暮らしー。粛清の嵐が吹き荒れているのに、彼らの生活はあまりにも優雅な日々でした。
革命英雄が連行される理由を何一つ映画では説明されていませんでした。
ミハルコフ監督は「不幸な時代を裁くのではなく、その悲劇を流血の時にあってなお、生きていかねばならなかった人間の痛みをえがきたかったのです。彼らの権力は暴力と流血とによって得たものだからです。これは革命という名の“偽りの太陽”に灼かれた犠牲者たちに捧げた作品です」と語っています(太陽とはスターリンを指している)。
描かれ方が中途半端だったような感が拭えませんでした。ドミトリとマルーシャの悲恋物語の結末が気になりすぎ、生きていかねばならなかった人間の痛みが薄れてしまったのでは?
ナージャを演じる子役(N・ミハルコフ監督の実の娘)が好演しているのにもかかわらず、無垢な子供らしさの切なさは今一つ胸に迫ってきませんでした。
たぶん、舞台に特権階級の人々が暮らす別荘地を選んだからかもしれません。もっと大衆の視点で撮られていたら私の感想も違っていたのかもしれません。(ロシア革命に関する私自身の勉強不足もあり?)
最後、テロップに『陸軍大佐コトフ、1936年8月12日銃殺。1956年11月27日名誉回復。マリア・コトヴァ、禁固10年。1940年収容所で死亡。1956年11月27日名誉回復。ナージヤ・コトヴァ、母親とともに、1936年6月12日逮捕。1956年11月27日名誉回復。現在カザフスタン在住。音楽学校勤務』とスクーリーンに文字が浮かび上がると引き戻され、実話である重みがのし掛かりました。
良くある構成なのですが、ドミトリが自殺するシーンが冒頭にあったのも分かりにくくしていたような・・・。勿体ない気がします。 きっとコトフが銃殺されるまでとドミトリが自殺するまでを描いた「太陽に灼かれて2」を観て完結する映画なのでしょう!
ロシアをここまで描いた監督は勇気があり、愛国心に溢れた人だろうと尊敬せざるえません。


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