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ソウル・サーファー

2015.06.05 15:22|


観終わった後で検索しているうちに、ベサニーを演じたのがあの「テラビシアにかける橋」のアナソフィア・ロブだったと、初めて知った次第

実話と知らなかったら所詮フィクションだものと思えるほど、ベサニーは立派な女の子すぎる!近寄りがたいほど勇敢で強すぎるヒロイン。でも、それは絆が深い最強の家族や友人らの温かいサポートや手助けがあったからだろうと思えば納得いきました。
オアフ島の底抜けに明るい海の青さがたまらない。そこから生まれ出す波が生き物のようにうねり、パイプラインになったその波の内側をサーフィングしていく影像にしびれてしまう。映画館の大型スクーリーンで観たかった!
『同情』とは?
津波に襲われたタイへボランティアへ行き、被災者の話に耳を傾けていたべサミーが思わず泣いてしまい、ボランティアリーダーのサラが彼女に「同情したことを恥じることはないわ」というシーンがあります。
「同情したことを恥じることはない」ー、観終わった後ずっとこのセリが頭の中でリフレインしていました。
これを私なりに分析してみることにします。ベサミーにとってこの時点までは、すべてを無くしてしまった被災者に同情していたのも同情されていたのも片腕を失った本人だったのではないだろうか?ベサミーはその時同情じゃ何も変わらないと気づいたにちがいない。昔『同情するなら金をくれ!』という言葉が売り文句になったドラマがありました。観ていないのですが、核心を突いた言葉のように思え記憶に残っています。
サラは他にも「苦しい時、その部分が大きく拡大されて視野が狭くなり全てを見れなくなってしまう」とも言っているんですよね。なるほどと肯きながら観ていました。
片腕になったベサニーに、復帰戦の大会で真っ向から勝負を仕掛けたマリーナ。親友のアリアナが、そんなマリーナを見兼ねて自ら失格になる覚悟で阻止します。でも、ベサニーは「同情しているあなた達より手を抜かず真っ向から勝負してくれた」と彼女を悪くないと言い、むしろ「嬉しかった」とマリーナに語る。同情は相手を対等にみていない裏返しの感情ですもの。誰にでも通用するわけではありませんが、ベサニーだったら絶対にそう思うはず。
私もボランティア活動をしながら”同情”には人一倍気遣ってきました。同情論は難しい。相手とタイミングを計らなければ大きく間違えてしまいます。自分自身が同情される立場にある時、一時的には受け入れられたようで優しさを感じられるかもしれないけれど、次には自力で進まなければ階段を登れません。
最近自分を見失っている私に、プライド高く生きよと喝を入れてもらえた映画だったのかもしれませんね。



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