ブログdeロードショー   A.I.

2014.09.19 12:37|

2001年アメリカ作
 
映画の中で、幾度かロボットを指して ”real”を用いて「Is it real?」と語られたセリフは胸が痛んだ。
本物って、真実っていったい何だろう?
デイビッドの哀しげな眼ー。ロボットの表情とは思えないほどのまなざしは人間以上に愛を欲していた。ある意味で、人間に似せて造られたデイビッドは人を超えてしまったのかもしれない。人は成長して両親に反発する時期も迎え相応の愛を確立していけるが、デイビッドには6歳のままで(ラストで誕生日を祝うシーンにケーキの上に蝋燭が6、7本立っていた)永遠の愛がプログラミングされたまま止まってしまった。
彼を造ったホビー教授を恨まずにいられない。ホビー教授は亡き息子を追い求めてデイビッドを生む。引き換えに、デイビッドは人間になりたいという途方もない夢を抱き、2000年もさすらうことになる。冒頭、人工知能を持ったロボット開発に疑問視されたにも関わらず暴走してしまったホビー教授。デイビッドとホビーが欲したものは有り得ないものだった。不変とか永遠もしくは絶対的な愛は無くて当たり前。あると仮定されるならば悪用する時だろう。すべては諸行無常だろうと思っている。
2000年後の未来ロボットによってデイビッドの夢が叶いそうになる。一日限りでも彼はマミイと至福の時を選んだのに少し疑問が残った。
デイビッドが言ったセリフに2回出てきた言葉。それは「ぼくはスペシャルなんだ」「ママだけは特別でもしかするとそのまま生き返るかもしれない・・・」と希望をつないでいる。いたいけな子供がブルー・フェアリーに祈りながら奇跡を信じているようにも聞こえたが・・・。。
果たしてデイビッドは人間になれたのだろうか。
ラストのナレーションでは「デイビッドは生まれて初めて旅立った。夢の生まれたところへー」。彼に安らかな死が訪れたのは、奇跡ではなく未来ロボットがディビッドに贈ったロボットの安楽死だったのではないだろうか
でないと、生きている限り彼の魂は絶対的な幻の「母の愛」を探し続ける不毛な人生を送らねばならない。
その部分は解放されて少しだけほっとした。
母を慕うデイビッドは不憫だったけれど、不気味にも感じられ後味の悪い映画となった。長すぎて散漫になり疲労感が押し寄せた映画でした。
 

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