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クライング・ゲーム

2013.10.04 15:30|
 

原題: THE CRYING GAME
1992年 イギリス
 
再見してもやっぱり好きにはなれませんでした。同性愛ものはピュアな愛を描いている作品が多いので結構好きなジャンルなのですが、この作品には心を寄り添える登場人物が一人も見出せませんでした。感情移入できる人が居ないのだから仕方ありません。
前半部にジョディがファーガスに話すアイルランド民話に最初は興味を覚えましたが・・・。 人間は2種類に分けられて与える者と奪う者ーと前者はカエル型で後者はサソリ型だそうだ。
「川を渡りたがっているカナヅチのサソリが、カエルの背中に乗せてくれと頼む。カエルは言う。君を乗せたら僕を刺すに違いない、サソリは答えた、僕が君を刺したら両方とも溺れてしまう。カエルはしばらく考え、納得しサソリを背中に乗せ、勇敢に川を渡り始める。だが半分まで来た所で強烈な痛みを感じ、自分がサソリに刺された事に気付いた。徐々に沈み始めるサソリとカエル、カエルは叫んだ、サソリ君、なぜ僕を刺したんだ?溺死すると分かっていながら。サソリは答えた、仕方ないんだ、これは僕の性(さが)だから」
この話しが真実なら、差し詰め ファーガスはカエルなのでしょう。そしてジョディはサソリかもしれない。ジョディがこの話しを持ち出したのは、人の良いファーガスだったらうまくいけば逃げおおせるとの駆け引きだっただろうと思います。そしてそれは生きるために許される。
でも、ラスト、ディルが刑務所のファーガスを訪ねるシーンで嫌気が最大限に膨れ上がりました。私には、ディルこそ愛という隠れ蓑をまとった性質(たち)の悪いサソリに見えました。自分の罪を被ってくれたファーガスに真実の愛を感じて有頂天になっていますが、どんな理由があれ自分の罪は彼(彼女)自身が償うべきじゃないか。自分の犯した罪を、(結果)愛する人になすりつけて刑務所に閉じ込めて愛しているといえるのか!ディルに怒りがこみ上げてきました。たとえディルが身体もろとも女性だったとしても私はそんな奴好きになれないよなぁ~。
性(さが)だからで済ましてしまえば元も子もない・・・。
主人公であるファーガスの描き方が弱かったような気がします。テロリストになったのも成り行きでなったのでしょうが全然向かないタイプ。不器用で要領が悪い冴えない男が主人公の映画だって嫌いじゃない私です。
一目で分かるはずのディルが男性だと見抜けなかったファーガスが、ディルを男だと知り煩悶し乗り越えようとするシーンは、良かったかも。
 

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